第1回.なぜ大学が特許を取るのか

(1) 大学が発明をする必要性
従来、大学は、学生を教育したり、学術的な研究だけをするところであって、発明を生み出すところとは考えられていませんでしたので、学生を教育したり、学術的な研究だけをしていれば足りました。
仮に、学術的な研究に付随して発明が生まれることがあっても、それは学術的な業績ではないので、如何にすばらしい発明であっても、大学においてあまり評価されていませんでした。
しかし、近年、日本の産業の国際競争力が他国に比べ相対的に低下し、日本国内の景気が悪化し、国の財政事情が逼迫してきたことにより、大学も、学生の教育と、学術的な研究だけをしていることが許される状況ではなくなってきました。
すなわち、世界経済の競争は熾烈であり、日本の産業が担っていた物作りの役割は今や中国、東南アジア諸国に移り、日本の産業、特に中小企業は衰退の一途をたどっています。日本の産業のこのような状況を打開するためには、中国、東南アジア諸国に真似のできない新しい産業を興さなければなりません。
このような状況下、日本国内を見るに、大学には新しい産業を興し、日本の産業を活性化させる可能性を有する多くの研究成果、すなわち新しい産業を興し得る発見や発明が眠っています。また、大学にはこのような新しい産業を興し得る発見や発明をする可能性を秘めた多数の優秀な研究者がおります。
もし、大学が新しい産業を興すような発見や発明を生み出し、これらを産業界で事業化させることができれば、新しい市場が生まれ、あるいは日本の産業の国際競争力が強化され、日本の景気は回復し、国の財政事情は良好になるものと期待されます。
そこで、国(文部科学省、経済産業省)は、米国のバイドール法の成功を参考に、大学の社会貢献という観点から、大学にも新しい産業を興すような発見や発明を積極的に生み出させ、大学と民間企業とを積極的に連携させ、大学が生み出した発見や発明を産業界で積極的に活用させ、日本の産業の諸外国に対する技術競争力を強化させ、日本経済を再生させようと考えました。
(2) 特許を取る必要性
大学、特に国立大学は公的な機関ですから、そこで生まれた発明はそのまま社会に公開し、どの企業も自由に利用できるようにするのが、公平の観点から考えて一番良いのではないかと考えられます。
しかし、大学で生まれた発明がどの企業でも自由に利用できるとすれば、企業にとって投資リスクが非常に大きくなり過ぎます。
例えば、苦労して先に事業化していた企業の商品を、後から参入してきた大企業や、商売のうまい企業が、先の企業が経験した苦労をすることなく、良いところだけをそっくり模倣して消費者受けする商品を自由に製造・販売できるとすれば、先に事業化していた企業が駆逐されてしまうかもしれません。
これでは投資リスクが大き過ぎ、どの企業もその発明を先に事業化しようとせず、結局、大学で生まれた発明は産業界で生かされないことになるおそれがあります。
そこで、大学で生まれた発明を産業界で事業化させ易くするため、その発明について予め特許を取って事業化しようとする企業にライセンスし、先に事業化する企業の投資リスクを解消させ、その発明を事業化したい企業が安心して事業化に専念できるようにしました。
(3) 大学が特許を取る必要性
大学で生まれた発明には、大学内の研究者が企業と共同研究をしていて生まれたものと、大学内の研究者が企業と関係なく研究をしていて生まれたものがあります。
従来、大学内の研究者と企業とが共同研究をしていて生まれた発明は、企業が大学内の研究者から特許を受ける権利の持ち分を譲り受け、企業が単独で特許を取得し、研究者はその見返りに研究費を貰っているケースが多かったようです。
また、大学内の研究者が企業と関係なく研究をしていて生まれた発明は国の名義又は研究者個人の名義で特許を取得するか、特許を取得せずにそのまま学会や論文等で発表していたようです。
しかし、大学内の研究者と企業とが共同研究をしていて生まれた発明について特定の企業が単独で特許を取得する場合は、公平性や透明性にやや欠けるという問題がありました。
また、国の名義で特許を取得する場合は、特許について判断をする大学内の組織や規則が十分に整備されておらず、このルートでの特許の取得は非常に難かったし、また、大学内の研究者個人の名義で特許を取得する場合は、研究者に対する経済的負担が大き過ぎました。
また、特許を取得せずに論文で公開してしまうと、前述したように企業としては投資リスクの問題から事業化し難いという問題がありました。
平成16年に国立大学が法人化され、国立大学も自己の名において特許を取得することが可能になりました。そして、大学は国の組織と比べて組織が小さく、意思決定も容易で、効率的に動けるので、特許が取得し易い状況になりました。
そこで、上記問題点に鑑み、大学内の研究者から生まれた発明については大学が特許を取得することとしました。